2009年11月14日 (土)
2009年11月13日 (金)
2009年11月12日 (木)
2009年11月11日 (水)
銀座の風景
姿勢の美しさに魅かれる
自分が歳と共に背骨がだんだん前に曲って来た、だから姿勢の正しく伸びた人を美しいと思い、羨ましく思う。
これは数寄屋橋交差点に立つ人、僧ではない事も承知、その上で五百円硬貨を1枚入れて、写真を撮らせて下さいね! と言って撮ったもの。 実にバランスの好い体形に魅かれる・・・・
以前、浅草の仲見世通りに立つ女性の(仮に托鉢屋さん)にカメラを向けて撮った老年のアマチュアカメラマンが、その女性の托鉢屋さんに、往来で大声でどやされていたのを見た事がある。
その女性の方も、普通ではないヒステリックに「私達はこの場所をちゃんと許可を貰って立っているのヨ! 無断で撮るとは何事ヨ! とやられていた。 この人達は幸か不幸か・・・・此処に立つことを仕事とする星の下に生まれて来たのだ・・・・
そう思えば自分が撮りたいポーズにめぐり合わせた時くらい気持ち良く撮ろうと思ってのこと・・・・
■ オリンパス・ペン E-P1 + 14-42mm
2009年11月10日 (火)
歌舞伎座・最後の櫓揚げ
老朽化のため、来年4月の公演後に建て替えられる東京・東銀座の歌舞伎座で、現劇場では最後となる「櫓揚げ(やぐらあげ)」が行われた。
江戸時代、幕府の公認の劇場の証しだった櫓を正面玄関の屋根の上に揚げるこの儀式は、毎年11月の「顔見世公演」の前に行われる恒例の行事。 例年は同月中だけ櫓を飾って来たが、今回は「さよなら公演」が終わる来年4月末まで飾られる。
玄関脇に設けられたカウントダウン時計が歌舞伎座休場まであと「184日」と表示する中、とび職人が屋根に上がり、高さ2.5メートルの櫓を組み立てた。 <読売新聞より引用>
新しく建て直される「歌舞伎座」は、どんな形に生まれ変わって来るのだろうか・・・・
表面は四角いビルなのだろうか・・・・
また一つ、文化財の形が消えて行く・・・・
■ オリンパス・ペン E-P1 + 14-42mm
2009年11月 9日 (月)
東京の今
東京都写真展「東京の今」を観る・・・・
ギャラリーは銀座4丁目の交差点角の三愛ビル9F、
写真展の内容は、写真展を観ない限り、説明は意味が無
いと思いますので省略するとして・・・・
この銀座4丁目の角地と言う一等地の9Fから視た「東京
の今」を以下にアップします・・・・
私と同年輩或いは先輩諸兄・・・・
この通りに都電が通り、電停の名前が「尾張町(おわりちょ
う)」と言って居た頃の町並みを思い出されませんか・・?
その「東京の今」は、こんな感じです・・・・・
特に、交差点の真上から視たアングルで、昔を思い出した
のは私だけかも知れませんが・・・・
■ オリンパス・ペン E-P1 + 14-42mm
2009年11月 8日 (日)
2009年11月 7日 (土)
2009年11月 6日 (金)
2009年11月 5日 (木)
横浜アルバム
明治時代の写真がそのまま保存されているもので、古色蒼然たる色彩は出来るだけ原色に近く残します
〔駕篭〕
箱根街道を道中駕篭で行く子供連れの家族の様子で、先頭に長崎で始まったラシャメン風の女性も見られる <引用>
「横浜アルバム」と称する写真アルバムがある、厚さ7~8センチ以上、或いは10センチ位は在るのかもしれない、A3版程度の横開きのアルバムで、漆塗りの表紙に錦織をあしらった豪華なもので、名称は写真館を営業とした元祖“横浜”と着いている、或いは「蓮雀」の写真館が関与して作られたものかも知れない。 内容は日本の国を紹介するための名勝旧蹟が多く、その他日本人の生活様式等も紹介している。 この「横浜アルバム」は方々の博物館で見るから、当時としては相当の部数が作られたものと思われる。 ここではそのうちの数枚を紹介します。
〔東照宮〕
1616年(元和2年)没の家康は神霊・東照大権現として、元和3年に久能山から日光の奥社宝塔へ遷葬された <色文字=引用>
〔神橋〕
二荒山神社の表玄関で、奈良時代からの架橋を1636年(寛永3年)に替架、長さ28m、高さ10.6m 朱塗りが特徴
〔日本髪〕
天保の改革で幕府は髪結いに対する厳しい禁令が発せられたが、明治時代にいたるも髪結いのなくなることはなかった
以上は、明治時代の古い写真のため古色蒼然のままアップしたが驚くのは日本女性の美しさである・・・・
敢えて、最後の「日本髪」のみ Photoshop の威力を借りてその美人さ加減を鑑賞いたしたく・・・・下にアップします。
■ フジフィルム・サロンの写真歴史コーナーより






























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