« 末巻・氷川丸 | トップページ | 21世紀の利器 »

2008年5月12日 (月)

「赤い靴はいてた女の子」の話

「赤い靴はいてた女の子」・・・・  野口雨情作詞
になるこの童謡は、誰でも一度は口にしたことが
あると思います。
 その女の子の像が山下公園にあります、何故?
 この「赤い靴はいてた女の子」は、実在する少女
だった事をご存知でしょうか?

少女の名は、清水市出身の「岩崎きみ」ちゃん。

彼女が母親に連れられて北海道に入植したのは、
彼女が生まれてまだ間もないころでした。
なけなしの全財産を投じて入植したものの、一家
はなかなか生活苦から脱することはできず、とう
とう口減らし同然に米国人牧
師の幼女にもらわれ
ることになりました。
彼女が3歳のときでした。 その米国人牧師が、
日本での任期を終え本国に帰ることになった時、
彼女が結核におかされていることが判明します。
今では結核なんて何でもない病気だけど、当時
はまだ不治の病、結局彼女は渡米出来ず、当時
麻布十番にあった鳥居坂教会の孤児院にあずけ
られことになります。
そして・・・・
明治44年、この地で9年の短い生涯を閉じました。
一方、母の「かよ」は、そんな娘の死も知らないま
ま、昭和23年「きみちゃん、ごめんね」 の言葉を
残して64歳で他界したと言う。
                         -引用ー

そんな「赤い靴はいてた女の子」の像が、何故・・・
この山下公園にあるのか分りません。
横浜は、1859年(安政6年)開港とともに、外国人
居留地が設けられ、日本の西洋文化の発祥の地
になりました。
アイスクリーム・ビール・石鹸・ガス灯・写真・女子
の教育・・・・等々、日本の近代化の萌芽のほとん
どは、ここ横浜港を通って入って来ました。

Up_4

彼女が若し病に冒されていなかったら、この横浜港
から異国に旅立ったかも知れません。
Up_6

週末ともなると、四季折々の花が咲く山下公園に
多くの人が訪れます。
そんな中、彼女は今日も一人、静かに海を眺めて
いました。

|

« 末巻・氷川丸 | トップページ | 21世紀の利器 »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

大場光太郎様 丁重なご挨拶、痛み入ります。
拙頁の画像でお役に立つのであれば、どうぞお使い下さい。

投稿: 仙人 | 2008年5月20日 (火) 09時27分

  私はココログで、4月末に「今この時&あの日あの時」というブログを開設致したものです。まだ新参者でございますが、今後ともよろしくお願い申し上げます。
 さてこの度は、ご報告致したいことがありまして、お便り致しました。と申しますのも、私のブログに『「赤い靴はいてた女の子の像」実見記』という拙文を載せております。本日『像の写真がすぐに見られるようにした方がいいのでは?』と思い立ち、検索致しましたところ、あなた様のところにたどりつきました。
 ここで掲載されておりますお写真。まさにぴったりですので、先ほど同記事の中にリンク付けを、させていただきました。
 以上簡単ではございますが、そのご報告と御礼まで。
     5月19日深夜               大場光太郎

投稿: 大場光太郎 | 2008年5月19日 (月) 23時54分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 末巻・氷川丸 | トップページ | 21世紀の利器 »